十津川村ってどんな村???

十津川村は知る人ぞ知る、実は日本で一番大きい村なのでございます。
その広さ、なんと672.35平方キロメートル
広さを数字で言われてもわかりにくいし・・・という方のために
670.25平方キロメートル。これは何の広さか???
これは日本一大きい湖、琵琶湖の広さです。
広さで表現すると、十津川村≒琵琶湖なのです。
広いですね〜。

十津川村の歩み
十津川村の歴史はひじょうに古く、伝承によると、神武天皇御東征の際に道案内に立った八咫烏が祖先ともいわれています。
672年の壬申の乱の折には、天武天皇の吉野御軍に参加し、戦功によって租税を免除されたといわれています。
これは明治の地租改正まで続き、これだけの長期に亘る御赦免地であったことは全国でも珍しいことです。
源平の争乱の元となった保元の乱(1156)にも参戦したと史記に見られ、また、南北朝時代、江戸時代の大阪の陣、幕末の天誅組と、日本の歴史にはたびたび十津川という名が登場してきます。
明治21年には市町村制の発布にともない十津川郷55ヵ村は6ヵ村に統合されましたが、翌22年の明治大水害と北海道移住による人口減のため、明治23年に再び統合して現在の十津川村となりました。

十津川村の自然
十津川村は、和歌山・三重両県に接する奈良県の最南端、紀伊半島のほぼ中央に位置し、森林と水資源に恵まれた村です。
大きさは東西33.4キロメートル、南北32.8キロメートル。面積は672.35平方キロメートルで、奈良県の約5分の1の広さを占め、村としては日本一の広さをもち、その96パーセントが山林です。
村の中央には十津川本流が深いV字渓谷をなして歪流し、四方を大峰山脈、伯母子山脈、果無山脈などの緑濃い山並みが幾重にも重なりあって取り囲み、雄大な山岳美が一望できます。

歴史散策
十津川は、奈良からも京都からも遠くはなれ、陸の孤島と言われるほど山深い、厳しい環境の中にあるにもかかわらず、日本の歴史のさまざまな場面にその名は見られます。
「古事記」「日本書紀」の神武天皇東征の際には、八咫烏が道案内に立ったとされており、その烏が祖先であると言う説。
これはあくまで神話ですが、これをはじめとして、壬申の乱(672)では、後に天武天皇となった大海人皇子の吉野御軍に参加し、このときの戦功により、三光の御旗と「とをつ川吉野の国栖いつしかと仕へぞまつる君がはじめに」という御製を賜り、さらに租税を免じられたと言われています。
源平の争乱の元となった保元の乱(1156)にも「十津川の指矢三町、遠矢八町の強勢が京へ馳せ上った」と、その戦記である保元物語にも見られます。
南北朝時代に入ると、十津川は一貫して南朝方に属し忠誠を尽くしました。
後醍醐天皇の皇子で鎌倉幕府討幕の中心的な役割を果たした大塔宮護良親王の十津川落ちでは親王を守護し、太平記にも見られるように大塔宮がこの十津川の地で討幕の策を巡らせていたようです。
また、吉野・賀名生の行宮警備にあたるなど郷民の功績も多く、後醍醐、後村上、長慶の三帝の御綸旨も数通におよびます。
その数十年後、楠木正成の孫の楠木正勝が最後まで南朝方につき十津川に立てこもったことなどもあり、十津川には尊皇の気風が育まれました。
足利幕府の成立以後も守護大名は十津川を放棄し続け、十津川は封建支配の外に置かれ、玉置山は領主化していきました。
その後、豊臣秀吉による太閤検地が行われて初めて封建支配に組み込まれようとしますが、さしたる租税も徴収されず、実質的には十津川は治外法権として一種の自治を保ち続けます。
幕末には、文久三年(1863)の天誅組の変に呼応して挙兵したのをはじめ、勤皇、尊王活動をするものが多くなり、幕府支配を脱して朝廷の管轄に入るとともに御所警備にあたるなど中央での活躍もめざましく、明治4年(1871)には郷民全員が士族に列せられました。
宮廷警護については、薩摩、長州、土佐の三藩以外では十津川郷士のみが任ぜられたといい、それほど十津川郷の勤皇精神は高く評価されていました。
十津川郷士は武士団として歴史も古く、このように古来より数々の国事にかかわってきました。都から遠く離れた山間の地に安住しながらも、事が起これば国事に尽くすという気慨は常に失われず、誇り高い十津川郷士の心は現在も脈々と受け継がれています。

十津川村の産業

緑深い山々と清浄な水の流れ。大自然に抱かれたこの村は豊饒の恵みにあふれた土地です。
古来より人々が生活を営んできた十津川村には、食品から嗜好品まで数々の伝統産業が芽吹き、継承されてきました。
ここに紹介したもの以外に「乾燥椎茸」「生椎茸」や「こんにゃく」「まんじゅう」「お茶」など数々の特産品があります。
厳しい環境と戦い、自然と共にあった暮らしの知恵から生まれ、工夫が加えられ、完成させれていったものたち。
そのどれもが個性にあふれ、つつましい山の暮らしと自然の素晴らしさを教えてくれます。

ゆうべし
柚子の実をくり抜き、味噌やソバ粉、米粉、胡麻、ピーナッツなどをつめて蒸し、冬の北風にさらして干したものです。
気品ある柚子の香りや味噌、胡麻などの旨味が口いっぱいに広がるゆうべし。
保存食として山仕事のお弁当のおかずや、十津川郷土の兵糧にも利用されました。
栄養価も高く、合成添加物も一切加えない健康食品でもあります。

木工芸品
豊富で良質な十津川の木々が、丹念な手工業で生まれ変わっていきます。
美しい木目と丸みを帯びた優しい木のフォルム。
温かい手触りが心をなごませ使い込むほどに人になじみ味わいを増す木工芸品。台所用品や民芸品、本格的な家具など、手法や製品はさまざまですが、木を慈しみ、木を生かそうという作り手の真摯な思いが伝わってくるような素敵な作品ばかりです。

あまご甘露煮
水のきれいな十津川で、十数年前からあまごやアユの養殖は始められました。
あまごとアユの甘露煮や昆布巻のほか、あぶりアユ、アユのうるかなど、水揚げ直後の活きの良さを失わず、さらに美味しくしようと自然の素材だけを使い、手間ひまかけて調理されています


十津川村ホームページ
十津川村観光協会ホームページ
生活雑貨 ウエムラ