![]() |
||||
|
|
||||
亡国を招く統一教会と高市政権統一教会との関係 |
||||
|
|
||||
| 統一教会 | ||||
| 世界平和統一家庭連合(せかいへいわとういつかていれんごう) 文鮮明によって1954年5月1日に韓国で創設された新興宗教およびその宗教団体(宗教法人)。 略称は家庭連合(かていれんごう)で、通称は旧統一教会(きゅうとういつきょうかい)。 設立時の名称は世界基督教統一神霊協会(せかいキリストきょうとういつしんれいきょうかい)。 1994年に本部が、2015年に日本支部が現名称に変更された。 旧略称は統一教会(統一協会と記載されることもあるが、公式には統一教会)。 |
||||
|
|
||||
| 概要 | ||||
| 統一教会はキリスト教系の新宗教とされ、キリスト教系の単立に分類されている。 国際的にはカルトまたはセクトとみなされており、韓国ではキリスト教の異端である似而非宗教と見なされている。 |
||||
| 1978年11月1日に公表された米下院のフレイザー委員会報告書では、「厳格な規律をもった国際政党の特徴を備えている」と評価されており、 教団の最終目的を、教祖の文鮮明を頂点とする「世界的な政教一致国家を樹立すること」だと断定している。 |
||||
|
|
||||
| 日本進出・自民党との反共親米コネクション構築 | ||||
| 1958年、文鮮明は崔奉春に日本での布教を命じた。 貨物船に潜伏する密航は3度失敗し、最終的に同年7月に福岡県に上陸。 1959年10月2日、新宿区戸塚町(現在の新宿区西早稲田)の時計店で最初の礼拝を行い、日本統一教会が発足した。 初期の日本統一教会の後ろ盾となったのが、右翼のリーダー的存在であった笹川良一であった。 笹川は1963年に教団の顧問となり、不法滞在者の崔が警察に逮捕された際にも賀屋興宣法務大臣に働きかけ、再入国の手筈を整えたと伝えられる。 1964年11月1日、日本統一教会は、教団本部を北沢1丁目(現在の代沢5丁目)から、岸信介が高峰三枝子に返却した渋谷区南平台町45番地(当時の番地)に移転。 岸が首相公邸として使っていた建物はそのまま本部の建物となり、本部と岸の私邸は隣続きになった。 岸は教団と最初に強固な関係を築いた政治家であり、その岸が教団に注目した背景には安保闘争を通じて体験した当時の左派勢力の勢いに危機感を抱き、その対抗勢力として教団を利用する狙いがあったと考えられている。 日本での布教にあたり、上記のように朴正熙への接近・韓国政府機関化に成功した際にも利用した反共理念を掲げる手法を再利用することで、反共親米を掲げていた岸信介に接近した。 多くの在日韓国人もこうした統一教会による反共親米による自民党との連携の動きに呼応した。 旧統一教会は宗教的な布教の限界を悟った後、自由主義と共産主義の思想対立が主要軸な冷戦時代のおかげで「政治的な布教」ともいうべき、反共親米を掲げることで用日路線ながらも日本で基盤を固めていった。 1967年、岸と笹川は文鮮明と会談を持ち、翌年の1968年、児玉誉士夫の協力も得て反共政治団体の国際勝共連合を設立する。 顧問団には玉置和郎ら自民党の代議士が名を連ねた。 以降から教団は反共産主義の活動を中心に、日本政界に浸透していった。 教団は現在に至るまで、勝共連合等の関連団体あるいはダミー団体を通じて、自由民主党を中心に政治家と密接な関係を保ち続けている。 なお、自民党と教団系の勝共連合との協力関係は、1978年当時の福田赳夫内閣総理大臣が参議院予算委員会で公式に認めている。 勝共連合から自民党へ多額の政治献金がなされていたこと、勝共連合からの借入金の存在が当時の自治省の資料より確認できる。 |
||||
|
|
||||
| 教義化された反日思想 | ||||
| 統一教会の経典である原理講論が完成したのは1966年であった。 教団ではあくまで原理講論を文鮮明の初期の説教を体形立てた物に過ぎないとしており、本来は文鮮明の発言そのものが教義であるとされている。 原理講論では、日本は韓国人と韓国のキリスト教を過酷に弾圧したために「サタン(悪魔)側の国」であるとされており、対照的に韓国はイエス・キリストが再臨する地であり、韓民族は選民であると位置付けられる。 後に社会問題化する霊感商法等の問題の背景には、原理講論にも反映されている日本に対する恨(ハン)の感情が指摘されている。 文鮮明は大日本帝国統治下の朝鮮半島で出生し、その幼少期を「強大国に踏みにじられる弱小民族の苦痛と悲しみがなんであるかを骨髄にしみるほど体験した」と語っている。 また、日本留学中には大韓民国臨時政府の金九と協力、抗日地下運動に参加していたことも公言していた。 また、1990年代には教団は伊藤博文暗殺犯の安重根や抗日運動の英雄とされる柳寛順を称える運動も展開していた。 文鮮明の教え(教義)の一つとして、文教祖の恨(ハン)を晴らすのは「エバ国家日本をアダム国家韓国の植民地にすること」「天皇を自分(文鮮明)にひれ伏させること」としている。 なお、日本の教団は「韓国支配」の体制になっており、方針を自主的に決定することはなく、韓国人幹部が日本の教会を統制し、地方レベルでも韓国人が支配する体制が敷かれている。 教団の運営資金の7割は日本が担っており、その原資は日本における霊感商法や信者からの経済的搾取より得られた金であるとされる。 統一教会が日本を狙ったのは経済的動機が大きいとも言われる。 |
||||
| 世界平和統一家庭連合 - Wikipediaより抜粋 | ||||
|
|
||||
| ウィキペディアでは詳細がかなりの長文で説明されている。 これを読んでいると本当に頭が痛くなる。 よくもまぁ、こんなでたらめな教義に心酔する人がいるものだと。 もちろん、ウィキペディアの記事がすべて正しいとは思っていない。 だが、すべてが間違っているとも思っていない。 |
||||
|
|
||||
| 統一教会の下部組織・国際勝共連合 | ||||
| 国際勝共連合とは | ||||
| 共産主義からの解放を目指す 保守系の政治団体 国際勝共連合は、日本で1968年に創設され、55年の歴史を誇る保守系の政治団体です。 「共産主義は間違っている」をスローガンに勝共運動を国内外で果敢に展開し、1989年の「ベルリンの壁」消滅、さらにはソ連・東欧圏が解放されるプロセスに深く関わりました。 国際勝共連合の50年の歩みは、内外の共産主義との熾烈な思想戦そのものです。 国際勝共連合の提唱者・文鮮明総裁は、常々「世界から共産主義者が1人もいなくなるまで勝共の旗を降ろさない」と語ってこられました。 国際共産主義(ソ連中心)に勝利宣言をした当連合ですが、なお残存する共産国(中国や北朝鮮など)の解放に向けた言論活動、 そして国内おける日本共産党等の共産主義勢力、及び、文化共産主義(家族など伝統基盤破壊)との更なる闘いを継続しています。 共産主義の脅威と問題点を明快に暴き、共産主義の解放に向けた闘い 及び 思想啓蒙が勝共運動の主なミッションです。 国際勝共連合 運動方針 ①スパイ防止法制定、防衛力強化などを通して、わが国の安全保障体制を確立する ②「台湾有事は日本有事」の危機意識のもと、沖縄・尖閣諸島を守ろう ③日本国憲法を改正し、「戦後レジーム」を脱却しよう ④国が主催する建国記念の日、主権回復の日の行事を希求する ⑤正しい結婚観・家庭観を追求し、同性婚合法化、夫婦別姓制度化、行き過ぎた「LGBT」人権運動に歯止めをかける 令和8年 五大標語 1. 国内外に浸透する共産主義との闘いに勝利しよう 2. 中国共産党の覇権主義、北朝鮮の核・ミサイル開発を許すな 3. 日米韓結束でインド太平洋を守ろう 4. 日本国憲法を改正しよう 5. 救国救世基盤を造成しよう 団体概要:国際勝共連合とは | 国際勝共連合公式サイト|共産主義に勝利し自由と平和を守り抜く|勝共連合 |
||||
|
|
||||
| 思想新聞 主張 2026.03.17 | ||||
| 小異を捨てて改憲へ大同団結せよ 第2次高市早苗内閣が発足した。 国民の負託に応え「強い日本」を創建することを期待したい。 保守各党は小異を捨てて大同に就かねばならない。 その大同とは憲法を改正し「戦後レジーム」に引導を渡すことだ。 もとより現国会下で実現可能な施策については速やかに実現しなければならない。 それこそが総選挙で示した民意だ。 以下略 小異を捨てて改憲へ大同団結せよ | 国際勝共連合公式サイト|共産主義に勝利し自由と平和を守り抜く|勝共連合 |
||||
|
|
||||
| 相容れないはずの勝共連合と高市政権 | ||||
| 「天皇をひれ伏させる」との教義を掲げて日本人信者から経済的搾取している統一教会。 統一教会総裁が創設した国際勝共連合が高市政権を応援。 高市政権の狙いは、憲法改正、なかんずく「天皇を元首とする」ことを第一目標としている。 ちょっとわけがわからない。 本来であれば、高市政権としては統一教会の下部組織であるこの国際勝共連合と対峙すべきである。 ところが、だ。 「勝共連合が自身を応援していることは知らなかった」、では済まされない。 もし本当に知らなかったとしたら、あまりにも危機管理がずさんである。 おそらくは、統一教会にとっては布教拡大。 高市政権にとっては票集め。 そして中国を「共通の敵」とした「敵の敵は味方」理論。 こうして互いの思惑が一致して手を組んだのであろう。 |
||||
|
|
||||
| 韓国は必ず消滅する | ||||
| なぜか? 中国の狙いは海洋進出である。 そのためにもなんとしても台湾を攻略しなければならない。 台湾を攻略するためには日本を封じておかなければならない。 日本を封じるとは、具体的には、日米を離反させて米軍を撤退させること。 しかしながら駐韓米軍があるかぎりまだ中国は動くことができない。 これが中国にとっての逆算である。 つまり、 米韓を離反させて駐韓米軍を撤退させる。 次に日本から駐日米軍を撤退させる。 台湾攻略。 こういう手順だ。 いま、中国人旅行者が日本から韓国へシフトしているが、これも中国が韓国を飲み込むための政策である。 中国無しでは韓国経済が成り立たない状況を作り上げようとしているのである。 |
||||
|
|
||||
| 統一教会の目的 | ||||
| 統一教会の目的は、教団の拡大である。 そのためには手段を選ばない。 先にも述べたとおり、統一教会の教義と高市政権の目的は真逆である。 しかしながら統一教会は教団拡大のために高市政権を利用している。 |
||||
|
|
||||
| 統一教会と中国の思惑も一致 | ||||
| 中国の当面の戦略は、これを核心的利益と呼ぶように、台湾侵攻である。 これを実現させるためには、日本を弱体化させなければならない。 日本を弱体化させるためには、日本人の意志をばらばらにすることである。 もし高市政権の野望が完遂されて、天皇が国家元首と制定されれば、日本人は一つにまとまってしまう。 これを何としても阻止しなければならない。 何度も繰り返し言うが、統一教会の教義は「天皇をひれ伏させる」ことである。 ここに、中国にとっても統一教会は利用価値のある存在なのである。 もし中国が統一教会に資金援助・武器援助を申し出たら、統一教会としても断る理由はないだろう。 |
||||
|
|
||||
| 蒙古侵略と現在の中国 | ||||
| 鎌倉時代、日本は蒙古の侵略を2度受けた。 「文永の役」と「弘安の役」である。 実は、第1回目の蒙古の侵略は、まず蒙古が朝鮮半島を侵略し、その朝鮮半島で蒙古に逆らった奴隷たちを日本に向けているのである。 そして2度目には蒙古の本隊を遣わしているのである。 現在の中国も全く同じ動きを見せるであろう。 つまり、まず中国は朝鮮半島を攻略。 そして朝鮮人を日本に仕向けるはずである。 |
||||
|
|
||||
| 日本は必ず亡ぶ。 | ||||
| 日本が亡ぶ理由は3つある。 1.高市政権が本気で日本の国防を考えていないゆえ。 統一教会とつながっていることこそ、高市政権が日本の国防を考えていないとする理由である。 2.アメリカが日本を見捨てるゆえ。 アメリカは日本を見捨てる。 国家安全保障戦略(NSS)には、ざっくりといえば次のようなことが記されている。 「同盟国による米軍へのタダ乗りは許さない」 「まずは自分の国は自分で守れ」 「それから米軍を派遣するかどうか検討する」 「役割を果たさない同盟国は報いを受ける」 と。 3.日本守護の天照大神が日本を守護しないゆえ。 高市政権は天照大神の子孫である天皇を利用し、さらには天皇をひれ伏させるという教義の統一教会と手を組んでいる。 天照大神が日本を守るわけがない。 |
||||
|
|
||||
| 戦に勝つ方法 | ||||
| どんなに強力な武器を持とうが、どんなに兵法を操ろうが、日本は勝てない。 ではどうすればいいのか。 その答えは鎌倉時代に見出せる。 鎌倉時代、全日本人が仏に背き、神は日本を見捨てた。 それが蒙古襲来を招いたのであった。 まるで同じことが今起こらんとしている。 ではどうすればいいのか? 仏を敬い、神の守護を受けるしか方法はない。 しかしみんな勘違いしていることであろう。 鎌倉仏教とて、鎌倉時代は仏教は興隆してみんな仏を敬っていたではないか、と。 当時信じていた仏とは釈迦仏である。 しかし釈迦仏はこう仰せ給う。 「闘諍堅固」「白法隠没」と。 世界中が大戦乱になる時、すなわち末法になると釈迦仏法は利益を失う、と。 その時、御一人の末法下種の御本仏が御出現あそばされる。 その御方こそ、日蓮大聖人様であられる。 高市よ、よく聞け。 大聖人様は弘安二年十月、二度目の蒙古襲来に脅える幕府、就中、北条時宗に対し、滝泉寺申状を以て諫暁あそばされた。 その中に、こう仰せになっておられる。 「聖人国に在るは日本国の大喜にして蒙古国の大憂なり。諸竜を駈り催して敵舟を海に沈め、梵釈に仰せ付けて蒙王を召し取るべし。君既に賢人に在さば、豈聖人を用いずして徒に他国の逼めを憂えんや」と。 この仰せこそ、日本が戦に勝つ唯一の方法である。 |
||||
|
|
||||
|
||||
|
|
||||
しんぐうネットTOP![]() |